PTA

作:QP Jun

img_0131-2みなさん、”PTA”って知っていますか?

意外にみなさん、Parent‐Teacher Associatioの略だと思っている方が多いんです。

確かに親と先生で作る組織なので、意味合いはあっていますが、本当はコレ!

P パーっと

T 楽しく

A 集まろう!

そうです、パーッと楽しく集まるための組織が、本来のPTAなんですよ。

役員がなかなか決まらないから、しょうがなく引き受けちゃった。

時間ばっかり取られちゃうから、効率よくすれば集まるんじゃない?

PTAなんて、やりたい人に任せときゃいいんだよ

そんなこと考えてたら、楽しいわけありませんよね。

楽しければ、自然に人は集まるものなんです。

私がこれだけやってるのに、あの人はなんにもしない。

なんか、やるだけ損じゃない?

損じゃないんです。

誰かになんかやって欲しくても、やってくれないのは、当たり前のことです。

もともとボランティアでやってることですから、できることだけやればいいの。

報酬ももらってないのに、それに責任を押し付けてはダメなんです。

やれる人が、やれる時に、やれる事をする。
そういう、助け合いの文化が日本にはあったんです。

隣組とか、ご近所さんとか。

無償の奉仕をする代わりに、自分が時間取れない時は、誰かがやってくれる助け合い。

自分が出来る時に楽しく動いていれば、動けない時には、誰かが楽しく助けてくれるようになるんですよ。

最初から、他人になんかやってもらおうと思ったって、思うとおりに行くわけありませんの。

あの人は楽ばっかして何もやらない!

なんて文句言ってたら、誰も助けてくれなくて当たり前なんです。

パーっと楽しく集まる場所があれば、余裕のある時には、無性に集まりたくなるもんです。

そして、楽しいことには、自然と時間の調整もできるようになるんです。

ちょっと今日はなんとかして頑張っちゃおうかな?なんて気にもなったりするんです。

そして、楽しく親が集まっていれば、先生も学校も、なんかうまい具合に回って、子供のためのいい環境が自然とできちゃうんですよ。

パーっと楽しく集まろう!

次の問題は、パーっと楽しく集まってから起こります。

人は基本的に、自分がかわいいものです。

生きる本能だから、自分がかわいくて大好きなのは当然です。

楽しく集まる場所ができて、みんなが楽しくしていると、こんな考えが生まれてきます。

あの人楽しそう。自分よりも楽しそう。

あの人目立ってる。私よりも目立ってる。

生き物としての本能で、自分がかわいい人間の、妬みや、嫉妬、虚栄心や自尊心。

そんな余計なものが生まれてきます。

そうすると本来の、パーっと楽しく集まる場所は、虚栄や挫折、妬みや企み、自分が上がるために周りを落としたり、むしろ排斥したり。

パーっと楽しく集まる場所

楽しんでいるだけでは、なかなか難しいものですね。

でも、

自分だけの楽しみのためでなく。
自分の虚栄のためでなく。

本来の、助け合い、いたわり合い、分かり合うためのPTA活動であれば、パーっと楽しく集まる場所は、いつでも、どこでも簡単に作れるんですよ。

これって、ここだけの話ですが、

町会やら地域活動、さらには、会社やもっと大きなところにも置き換えられちゃう気がしませんか?(^_^;)

みんなで一緒に、パーっと楽しく集まる場所を、日本中に作っちゃおう。

パーっと楽しく集まろう!


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